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Re: はじめまして

 投稿者:管理人です  投稿日:2017年11月 3日(金)23時30分42秒
返信・引用
  > No.33[元記事へ]

     お返事が遅くなり申し訳ございません!

   まりんさんの御爺様はきっと10年又はそれ以上抑留をされていたのですね。
  一番長い人で11年なのです・・・


>祖父が帰還後はNHKが取材に来たそうですが、特務機関という立場から
 多くを語らなかったと聞きます。

          ↑
  そうですか、私の父も特務機関でした。
  抑留者は帰還後も多くを語らない方達が多かったようです。
  特に特務機関の方なら皆そのようです。

 抑留者は最後の数年ですが全員ハバロフスクに集められたので
  私の父とお知り合い同士であったかもしれませんね。



さて、まりんさんの御爺様の当時を知る手がかりをお知りになりたいとの事ですが
いくつかの方法があります。

それぞれの都道府県庁で調べる事ができますが各自治体により方法が異なるのです。
以前にも同じような質問が来た事がありました。
何処の県にお住まいなのかだけでもお知らせいただけましたら
此方にて問い合わせ先をお探しいたしまして後ほどお知らせいたします。

でも戦前・戦後の住所が何処の都道府県であったのかが分からないと調べるにも困難です。
例えば東京に戦中・戦後ずっとお住まいであった方が
お孫さんの代で九州に引っ越したとします。
九州の各県庁で東京の当時の資料を引き出して調べる事は出来ませんので
その場合は東京の都庁が問い合わせの窓口になります。
結構ややこしいのです。

他にも都道府県によって条件に多少違いがあります。
お身内なら誰でも問い合わせが出来るわけではありません。
お孫さんまでとか曾孫さんまでとか制限があるところもあります・・・


ここの欄では不特定多数の人に見られますので
できましたら kro9630@khh.biglobe.ne.jp までメールでもいただければと思います。
詳しくお伝えいたします。


当時、抑留者が帰国時に国が聞き取り調査を必ず実施してます。
何か絶対に判るはずです!

その他に私が現在連絡が取れてお話が出来る御爺様と同じ時期に抑留されていた100歳の方がいます。
何か判るかもしれません・・・
今が最後のチャンスかもしれません。


 
 

はじめまして

 投稿者:まりん  投稿日:2017年10月30日(月)12時40分26秒
返信・引用
  管理人様、初めまして。

母方の祖父「岡 久美」はシベリア抑留からの帰還者です。
何度も書きこんでみようかなと思いながら、子育ての忙しさからのびのびになり、、、。
最近祖父母の写真が出てきましたのをきっかけに
亡き祖父の当時を知る手がかりがあればと思い書き込ませていただきました。

祖父は60年前に帰還し46年前に脳梗塞で寝たきりになり37年前に亡くなりました。
祖母は103歳まで生き、4年前に他界しました。
私の母は満州から祖母と引き揚げて参り「父親を待つ留守家庭」として
新聞に載ったこともあるとか。
祖父が帰還後はNHKが取材に来たそうですが、特務機関という立場から
多くを語らなかったと聞きます。

またお写真や情報など共有させていただければ幸いです。

敬老の日が近くなりましたね。
朔北会の皆様に敬意を表しましてお祝い申し上げます。
 

遺骨調査

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 9月11日(月)22時55分45秒
返信・引用
  管理人です

久々の書き込みします!

抑留とは方面が違いますが9月14日~9月24日まで

南方のサイパンの隣のテニアン島に遺骨の調査に行ってまいります。

 

東京ヤゴタ会 慰霊祭のお知らせ

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 8月20日(日)01時33分44秒
返信・引用
  まだ先のお話ですが

平成29年11月3日 金曜日

朔北会主催ではありませんが

同じく旧ソ連の抑留者団体 第21回慰霊追悼式『東京ヤゴタ会』が執り行われます。

東京ヤゴタ会は旧ソ連の抑留をされた方とその遺族と関係者や賛同する方々で運営されていま

す。

慰霊に御賛同頂けます方の当日参加受付も大丈夫です。

よろしくお願いいたします。

現在はもう抑留された方はほとんどの方が亡くなりましたが慰霊は継続せねばなりません。
いろんな戦友会がありますが後継者が居ない事もあり全国的にドンドン解散、閉会しています。
でも会を問わず残された日本人で慰霊の継承をしていく事が大切と思いまして管理人の私も
10年ほど前から東京ヤゴタ会の慰霊祭のお手伝いをしております。
これからも不当に拘束して働かされて死んでいった多くの人が居た事の語り継ぎと慰霊を続けましょう。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

場所   千鳥ケ淵戦没者墓苑 東京都千代田区三番町2番地

時間   平成29年11月3日  お昼の12時00分より

参加費  参加費千円
 

Re: 『収容所から来た遺書』を読み

 投稿者:管理人  投稿日:2016年11月11日(金)23時01分7秒
返信・引用
  糟屋  さま

管理人です。

はじめまして しばらく放置しておりましてお返事が大変遅くなりました。
申し訳ありませんでした。

>亡父が満州で応召、シベリア抑留経験者でした。過酷な経験については多くを語らず、私も聞かないままでした。今頃になって父を理解したいと思うようになり・・・

      ↑
そうですか、大概どちらの家族様も皆同じような事を仰られています。
わたくしも糟屋様と同様でございます。
お父様は何年抑留されたのでしょうか・・・




>今頃になって父を理解したいと思うようになり関連本を読み漁っています。
         ↑
そうですか。もしよろしければこちらの書籍もお勧めです。
               ↑
古い本になりますが『ソ連獄窓11年』講談社 前野茂 4冊でワンセット
『ソ連強制収容所』 評伝社 榛葉 英治(しんば えいじ)

どちらも絶版ですがインターネットの古本で見つける事が出来ると思います。
ヤフーのオークションでもたまに出品されています。


これからは残された遺族や子孫で受け継いでいかねば成らぬ事と思います。

差し支えなければ  kro9630@khh.biglobe.ne.jp までご連絡いただけましたら幸いです。
もちろんココの欄でもかまいません。
ただ個人情報の事も有りますので・・・


朔北会とは別ですが先日の平成28年11月3日、東京の千鳥が淵にて同じく抑留された人達の『東京ヤゴタ会』という会の慰霊祭がありました。
遺族や二世三世など、関係者や関心を持つ人達が受け継いでおります。

まだ抑留された肩でご健在の方がいらっしゃいます。

色々情報の交換が出来ましたらと思い居ます。

また何かご不明な事やお知りになりたい事でお力になれるかもしれませんので
今後ともよろしくお願いいたします。
                                         管理人


 

『収容所から来た遺書』を読み

 投稿者:糟屋則子  投稿日:2016年10月17日(月)21時51分45秒
返信・引用
  表題の本を読んで感動し、この会の存在も知りました。亡父が満州で応召、シベリア抑留経験者でした。過酷な経験については多くを語らず、私も聞かないままでした。今頃になって父を理解したいと思うようになり関連本を読み漁っています。目を覆う過酷と理不尽。戦争が抉り出す人の醜さ。けれどそんな中にも尊厳を守った人達や、遺骨収集などの活動を通し犠牲者の魂を鎮めるべく力を尽くしている方々の崇高さに救われる思いです。  

Re: ケンギル反乱事件

 投稿者:管理人  投稿日:2015年 8月 1日(土)14時27分8秒
返信・引用
  草原の小鷲さんへのお返事です。


草原の小鷲さん

はじめまして

kro9630@khh.biglobe.ne.jp

此方までお電話番号等お知らせください。

折り返しご連絡いたします。

    管理人
 

ケンギル反乱事件

 投稿者:草原の小鷲  投稿日:2015年 7月31日(金)23時46分9秒
返信・引用
  はじめまして。

かつてカザフスタンを訪れた際、カラガンダ州ジェスカズガンという町に行きました。
市内の歴史博物館で、シベリア抑留後期にあたる1954年に当地の郊外にあった特殊収容所で
起こった、数千人の囚人たちによる反乱事件についての展示コーナーを見つけました。
館長さんの話では、その反乱事件に日本人抑留者も参加していたと聞いています。

かつて朔北会にいらっしゃった黒沢嘉幸氏が書かれた『禿鷹よ、心して舞え』という本や、
古い本ですが、弥益五郎氏が書かれた『ソ連政治犯収容所の大暴動』という本も読み、
自分なりにこの事件について調べてみたのですが、この事件に参加された日本人の元抑留者の
方からお話を聞くことができておりません(ロシア人の元囚人の方には話を聞けましたが)

遅すぎるかもしれませんが、もし可能であればこの事件を知る元抑留者
もしくはそのことを知るご遺族や関係者の方に、直接お話を伺ってみたいと思っています。
1954年の事件ですので長期抑留された方をあたるしかないと考えているのですが、
どなたかこの事件をご存じの方にお心当たりはございませんでしょうか。

突然の長文失礼致しました。
 

Re: 管理人様

 投稿者:管理人  投稿日:2015年 6月27日(土)20時30分17秒
返信・引用
  > No.23[元記事へ]

山本尚さんへのお返事です。

> 県庁での手続き詳しくありがとうございました。

       いえいえどういたしまして!

山本さん

もし宜しければ kro9630@khh.biglobe.ne.jp

此方へお知らせ頂く事は可能でしょうか・・・

掲示板ですと色々不特定多数の方に個人情報が知られてしまいますので

別でお話が出来ましたらと思うのですが・・・

                    管理人
 

管理人様

 投稿者:山本尚  投稿日:2015年 6月26日(金)16時59分27秒
返信・引用
  仕事が忙しく暫く見ておりず申し訳有りませんでした。

県庁での手続き詳しくありがとうございました。

特務機関の集合写真は、戦前の物で、裏に牡丹江と書いてあったように思います。
写真は、中央に機関長らしき方、左右に佐官クラスが並び、学校の集合写真のように横並びで、何列も並んでいます。父は後ろの方に立っていました。
父は、「牡丹江に居た」と言ってましたので、多分、昭和17年~18年位の牡丹江特務機関の集合写真ではないかと思います。この写真は、復員後に朔北会で焼き増ましてもらったものだと思います。
この写真は、どこかにしまいこんだようですので探してみます。

父が満州国共和会の共和服を着た写真は手元に有ります。

 

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