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まず、だみあさんのご質問についてお答えします。(なんだかQ&Aみたいですが)
日本語対応手話というのは元々固有名詞として命名されたのですが、それが普通名詞化する過程で意味が広がって、各自が勝手な解釈をするようになってしまいました。
(ろう者、聴者、難聴者を問わず)使用者が日本語を意識しつつ手話表現する場合、2つのケースが考えられます。1つは知っている手話単語を並べていくもの、これは使用者本人が「手話で話している」という意識があります。これはピジン手話です。2つ目は口話(発音してもしなくても)を中心にして、時々手話を混ぜるもの、この場合、使用者は日本語で話しているという意識があります。これは手話付口話(Sign Supported Speech=SSS)と呼ばれるものです。両者は表面的には似ているので区別しにくいです。
わかりにくいので英語の例を考えてみましょう。
ピジン英語だと You は me を love ね?あるいはYou, me, love?(Do you love me?)
SSSは英語と日本語では存在しえないのですが、例えとして ユーはミーをラブしているの?こんな感じです。
末森さん、お久しぶりです。
ASL-PSE-MCE連続体は1980年代の考えで、多くの手話学者、ろう者は間違いだといいますが、今でも正しいと考えている人もいます。間違いという理由はASLはろう者の言語、MCE
やSigned EnglishはSimComと同じで、聴者の表現だという理由だからです。アメリカでは
言語と民族は一体という主張なので、ピジンのような混交言語を認めたがらない風土があります。
アメリカではASLに対しては科学的言語研究が進められています。しかし、PSEには関心がなく、聴者の手話を軽んずる傾向があります。複合言語文化国家でありながら、同化主義の伝統も根強く、バイリンガル教育も憲法でありながら実践がうまくいってないのも事実です。
手話については個別言語として認め、手話による教育は憲法に保証されているので、ろう学校では手話教育をしています。手話通訳はその延長線にあるため、ASLであることが当たり前であり、上手か下手か、というレベル分けに関心が行きます。
つまりろう者の力が強くなり、手話はASLしか認めない、という信条を共有しているとご理解ください。
>「日本手話=ろう者=ろう文化」という思想が広まってしまった現況の是正を図るためには何をすればいいのでしょうか?
日本はアメリカとは言語事情、社会事情がかなり違うと思います。ろう者(と自分で思う人)の多くは日本手話を母語としていないし、手話人口の多くが聴者である、という事実があります。手話使用者という面から見ると、日本手話使用者は少数で、いわゆる日本語対応手話ないし中間型手話の使用者が多数という現状を見ると、両者をひとまとめにして「日本の手話」(Japanese sign languages)というのがよいように思います。○○語という表現をしたいなら「ろう語」(私は老後みたいで嫌ですけど)というのも一案です。
>また全日本聾唖連盟はこのような現況に対してどのような見解を示すべきなのでしょうか?
運動体としてどう考えるかは、内部で議論されるしかないです。まったくの私見ですが、
以前から「ろう者」「手話」と表現されてきたので、そのままでよいように思います。
日聴紙などでも質問があったようですが、私なら「日本手話もいわゆる日本語対応手話もすべて日本の手話です。(どちらも方言であり、東京弁、大阪弁があるのと同じことです。
東京弁が標準語という訳ではありません)」と答えます。
現時点の手話研究では、日本手話の文法はだんだんわかってきました。しかしNMSだけではないので、ほとんどの人は手話の文法を知りません。知らなくても使用できるからです。
ピジン手話の文法は研究されていないので、「日本語文法と同じだ」と勝手に言っている人がいるだけです。
すみません、いつも長くなってしまいます。
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