|
|
神田様へ
私の書き込みは質問ではなくて単発の意見表明でしたが、わざわざご返事いただきましてありがとうございます。
確かに文化の定義にもよるという神田様のご意見には共感いたします。
以前の書き込みに対する補足ですが、ろう文化というものは確かに存在するでしょう。
しかし、ここで言う「ろう者」とは二つの意味があります。
一つ目に、単に「ろう」といえる程の聴力損失があるという医学的基準による「ろう者」(高度難聴者や中途失聴者を含む)。
二つ目にろう学校出身者のコミュ二ティ(ろうあ協会等)に所属する「ろう者」。
おなじ「ろう者」であっても上記のとおり2種類の「ろう者」がいるように感じられます。
日本手話やろう文化といったものを標榜する人たちは二つ目のろう学校出身者と彼らに共鳴、影響された手話学習者がほとんどです。
ゆえに私は日本手話をろう学校手話、ろう文化をろう学校文化、と位置づけてもよいのではないかと考えるようになりました。
ろう学校出身者によるコミュニティはろう学校の先輩後輩の関係がメインであることは明白かと思われます。つまり、非常に狭いコミュニティです。
一般の学校でもその学校独自の気風、校風というものがあります。
人数が少なく、ろうと言えるかどうかさえべつとして、聴覚障害だけで集まる学校が独自の校風なり気風なりを涵養することは想像に難くないでしょう。
ろう文化がろう学校を中心としたろう学校文化をコアにしていても当然ではないかと思います。
さしずめ、一昔前のろう文化宣言はろう学校文化宣言、もしくはろう学校学閥宣言、ろう学校出身者至上主義宣言とでも受け止めて差し支えないのではないかと思うに至りました。
手話にも地域ごとの方言があるというより、ろう学校ごとの表現の違いと受け止めております。
上記の点から、ろう文化というものの本質は医学的基準におけるろう者の文化ではなく、ろう学校出身者による文化、言い換えればろう学校文化なのではないかの思いを強くしております。
ろう文化宣言により、日本手話とかろう文化とかよばれるようになり、ろう学校出身者がある意味で、独自の言語と文化を持つ「ろう民族」とでも言いたげな主張には違和感を覚えました。
人種的には日本人であり、日本の行政から障害者年金を受け取り、日本の社会で暮らすのならろう文化宣言というのは日本の社会に馴染まないものだと思います。
ゆえに、ろう文化や日本手話という言い方にも違和感を覚える。
そういう個人的な意見を言いたかったのです。
|
|