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文法は苦手ですが・・・。

 投稿者:Amachan  投稿日:2008年 9月24日(水)23時47分47秒
  いつも、ぼくださんにお世話になっております。
今回のシリーズで日本語対応手話という言葉にちょっと反応して続きを待っていました。掲示板が盛り上がっているということで始めてお邪魔します。
掲示板は、自己責任で、意見交換ができるのですが、つい傍観者になってしまう私です。が、今回は、いろいろ気になりまして発言させていただきます。
私は、聴覚障害者とコミュニケーションをとりたいと思って手話を学び始めました。
手話とはコミュニケーションツール(言語)であって、いろいろなパターンがあるものだと自覚しながら身につけるものだと思っています。「英語の嫌いなお前がよく手話なんて続けられるね」とはるか昔に親に言われたことが今になって思えば一番しっくり来ると思います。
何も知らない年寄り?(昔は若かった)でも言語としてわかってくれていました。
今は形ばかりに追われる方が多いように思います。左右のろう者が違う表現を使っていてもコミュニケーションが取れる。其れが手話の本来の姿であり、わからないことは言い換えながら各々の手話で会話する。それが楽しい会話というものではないでしょうか。
日本手話というよりも昔から使われている表現を理屈だけの「新しい手話」として開発?し、一部の人しかわからないのに広めようとする。手話通訳者は新しい手話ができなければ資格や級が取れない。でも、知らないろう者の手話はまともな通訳ができない。
講師になれないから、新しい手話を必死に覚えようとする年配のろう者。「ろう(あ)」者という表現は古いと否定する壮年の手話講師(ろう者)。挨拶を終えた後、「今の僕の話は読み取ってもらえたかな」と不安そうに聞きに来るろう者に「聞えない人はわかってくれたと思うよ」と答える私。
高齢のろう者が健聴者に気を使うことができなくなり、本来の手話で会話していると、「あの人もぼけちゃって・・」とのたまう通訳士。思わずぶちきれた私ですが・・・・。
難しい文法や研究はお任せしますが、手話はいかに目の前のろう者と会話ができるか、手話のわからない人に思いを伝えたり、会話の仲介をしたりできるかが大切かという原点に戻ってほしいと思うこのごろです。
ぼくたまさんの投げかけは、「ナイスタイミング」と思いました。
で今日のメールフォルダは語ろうかの次に「日本手話・日本語対応手話」を常に話されるKさんのメールが届いております。
長くなって申し訳ありません。では、ぼちぼち
 

NHK教育

 投稿者:つばき  投稿日:2008年 9月24日(水)20時42分25秒
  21日の夜NHK教育で放送の聾学校。期待して見ましたが、私が今迄本やDVD等買って読んでいた内容とあまりに似ていたので、制作者はKさん?かと思いました、人工内耳反対、日本手話と日本語対応手話の違い、あの番組で放送する必要があったのでしょうか?NHK教育でありながら根拠のない事柄を流すとは・・・。折角の期待もがっかりでした。  

手話の文法について

 投稿者:神田和幸  投稿日:2008年 9月24日(水)17時28分20秒
  そもそもの誤解の原因は「日本手話=ろう者=ろう文化」という教義を広めてしまったことにあります。これは教義、でなければ思想であり、科学的事実ではありません。(アメリカでは、複合言語国家なので、ほぼこの教義が信じられています)
手話勉強中さんが「文法(的なもの)が、必ずしも聾者の手話に共通しているわけではない」というのは微妙な表現です。文法が共有されていないとコミュニケーションが成立しません。ただし、ろう者間でも異なる文法の手話を使っているのは事実です。使い分けをすることもあります。つまりろう手話も単一言語ではない、ということです。
論理的に考えると「ろう者>ろう手話」であり、十分必要条件の関係にはないのが事実なのですが、教義としては、ろう者=ろう手話、つまり十分必要条件でなければならない、のです。
また、難聴者や聴者が使う、いわゆる”日本語対応手話”にも独自の文法があり、これは日本語ともろう手話(いわゆる”日本手話”)とも別の文法があるのです。それがピジン言語の特徴です。”日本語対応手話”の文法が日本語文法だといういう人がいたら、偽言語学者だと思ってください。似ているのは実詞の語順だけです。その論理が通用するなら、韓国語の文法は日本語文法だというのと同じなのです。
まだ明らかにされていませんが、私は”日本語対応手話”には独自の文法があると考えています。
日本語とろう手話が言語として平等(言語学的には何の意味もありませんが)ならば、ろう手話と難聴手話も平等、聴手話も平等なのです。
ついでに言えばhome signsもJSLも同じ言語なのです。発達しているとか、成熟しているというのは偏見でしかありません。

面倒な議論ですみません。しかし、科学とか学問とはこういう手続きが非常に大切です。
 

日本手話について

 投稿者:手話勉強中  投稿日:2008年 9月18日(木)23時42分32秒
   今回の徳田さんの日本語手話と日本語対応手話のテーマを面白く読みました。

 私は、聾者の話す手話いわゆる聾手話が日本手話であると説明されているような見方に疑問があります。日本手話が聾手話であるならば、私達聴者がネイティブの聾手話を取得するのは難しいといわなければなりません。

 更に聾者の手話はそのろう者の環境・年代・能力によってまちまちであり、統一化・標準化がなされているわけではありません。つまり「これが日本手話だ」といっている文法(的なもの)が、必ずしも聾者の手話に共通しているわけではなく、エリア的・グループ的な方言手話が強いように感じます。

 日本手話の言語定義はもっと広く感じます(神田さんの説明でなるほどと感じました)。最近私は聾者の手話を日本手話といわずに聾手話と呼ぶようにしていますが、聾手話は日本手話の一つという定義を考えるようになりました。現在では難聴者の手話も聴者の手話も日本手話の一つと考えています。現在の世界の英語はイギリス英語以外に、アメリカ英語、イギリス英語、オーストラリア英語、日本英語、またアメリカ英語にも南部英語というように、ローカルイングリッシュを認めていく展開ですが、日本手話も聾手話もあり聴者手話もあり難聴者手話もあり、そこの交流から中間手話もあり、さまざまな立場で手話を認めている形が望ましいのではないか。決して聾手話だけが正解で、聴者・難聴者の日本語対応手話は手話ではないのではなく、みんな手話の特徴を持って認めていくことが必要であると思います。

 手話が言語であるならば、聾至上主義からの手話解釈ではなく、言語学からの研究・分析が必要だと思います。
 

日本語対応手話とか日本手話とか

 投稿者:りずむ  投稿日:2008年 9月18日(木)10時10分29秒
  いつも楽しく拝読させていだたいております。今回の「語ろうか」を拝読して、初めて投稿致しました。
*********************************
私のような中途半端に手話がわかる者からしても、生まれながらのろう者の
手話と、伝統的な初級手話講習会を受講し終えたばかりの健聴者の手話が全然
違うのはわかります。
**********************************
という一文を読んで、、、そりゃそうだ。違うのは当たり前だって誰でもわかりますよね。要は、まだこなれてないというか、たとえば、中学生で初めて英語を習った人と、アンジェリーナ・ジョリーの英語はまるで違う。
そう思ったらどうでしょうか。

手話を外国語と同じように考えたらだめだという方もいるかもしれませんが、今回の「語ろうか」を読んで、思ったところです。
また、環境によっても全く違いますよね。
お相撲さんはとても日本語がうまいです。抑揚とかアクセントなど日本で生まれ育った人みたいですよ。でも、アグネスチャンは何十年も日本にいるのに、外人が話す日本語みたい。わざとしているという説もありますが。

日本手話と言われているような手話を話す人たちとたくさん関わりがあれば、自然とそういう手話になるだろうし、逆も言える。。。何を言いたいのかちょっとわからなくなりましたが、なんかそんなところじゃないのかなーと。。。
めちゃくちゃになってすみません。一人でちょっと納得しちゃったので、思わず書き込んでしまいました。。。
 

そば

 投稿者:神田和幸  投稿日:2008年 9月17日(水)22時13分59秒
  ちょっとだけいわせてください。そばの場合、うどんをまぜるのではなく、つなぎとして「うどん粉」を使うのです。やきそばと飯でそばめしを作るのとは違うのです。またうどんにそば粉を混ぜることもありません。

日本語対応手話の場合、用語が一人歩きしました。言語学の専門の立場からすると、日本語対応手話というのはおかしな表現です。Signed Japaneseなら「手話で表現された日本語」であり、あくまでも日本語の一部なのです。英語対応日本語とは何なのか、さっぱり意味がわかりませんね。外来語のことですか?おなじように日本語対応手話など言語的に存在しえないと私は思うのです。
専門的には日本語と手話が接触して自然発生したピジン言語だというのが私の見解です。

せっかく収まりかけた論争にまた火をつけるようなマネしてすみません。
 

どういう状況なのか

 投稿者:神田和幸  投稿日:2008年 9月17日(水)22時03分55秒
  聾夫さんがどういう状況で私の手話をごらんになったのかわかりませんけど、私は滅多に人前で手話表現しません。ほとんど通訳をお願いします。私の話していた相手が中途失聴者であればSSSを使うので、ろうの方が横からみていたらほとんどわからないでしょうね。しかもたぶん専門的な内容ですから、口話と指文字です。ろうの人とお会いする時は下手なりにろう手話を使います。「盗み見」状態であれこれ批判されるのはマナー違反だと思います。
もう一点、ろう者の手話がわからない人が手話を研究してはいけない、ということはないです。日本語がたどたどしくても、源氏物語の立派な研究している人は大勢います。英会話が苦手なシェークスピア研究家もたくさんいます。学問は誰にも自由に解放されていなくてはなりません。
 

2弾到着

 投稿者:つばき  投稿日:2008年 9月17日(水)21時19分29秒
  楽しみの配信到着。お陰様で肩の力を抜いて手話を見れるようになりました。今回のそばの例え、とても分かり易かったです。有難う御座います。
今、日本手話学会の会報読んでますが、何となく気になる所が有ります、読み直しても?が消えなければ教えて下さい。宜しくお願いします。
 

果たして

 投稿者:ぽくだ  投稿日:2008年 9月13日(土)14時09分52秒
  神田先生の手話がわからなかったのか、神田先生の話す内容がわからなかったのか。

さて、手話の種類と、「通じる」ということについて、まさに来週の語ろうかで配信します。

それと、私については、前にメルマガでも書いたような気がしますけど、少なくとも最近は
全然手話は話せないですよ。手話で話そうとすると、他の人からストップがかかるくらい。
おまえは下手だから、通訳してやるから待ってろって。
そんな私が健聴の立場で語るのが「語ろうか、手話について」です。
もちろん、ろうの立場で語ってもらっても全然OK。投稿は歓迎しますよ。
 

よくわからない

 投稿者:聾夫  投稿日:2008年 9月12日(金)23時37分39秒
  神田先生が人前で手話で話しているのを見たことあるけれど、何を話しているのかわからなかった。声付きで話しているみたいだから、ろう者に通じないのは仕方ないけど、それでいて、手話について語るのも何だか変だな。徳田さんもそうかな? ろう者にわかる手話をしている人が手話について論じるなら信じるけど。  

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