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Note.100、同感です。

 投稿者:きょうこ  投稿日:2007年 6月 9日(土)19時39分26秒
  お久しぶりです。きょうこです。
メルマガ、いつも楽しみに読ませていただいています。(^.^)

>「障害者」を「障がい者」と書くのがイヤです。
これ、理由も含め、ホントに同感です!

でも、「障害者」に代わる妥当な表現って、おもいつかないんですよね…。(; ;)
頭が硬いんでしょうか…。
 

忘れてばかりすんません

 投稿者:昔の手話通訳者  投稿日:2007年 5月22日(火)01時37分8秒
  鼻が高い⇒得意・威張る。抜きんでている 場合などでは、鼻の高さの位置を表現する程度で 得意・威張る。抜きんでている の程度を表していました。
 と書きましたが、明治生まれの人は、威張る、得意を長い鼻の下に生やしたひげ(ダリほどではありませんが……)を横に引張り、はしでピンと上に曲げて伸ばすことで表現する人も多かったことを思い出しました。
 その時の表情で得意ぶりを表したり、ひげの長さで「うぬぼれた」「得意で有頂天になっている」状況の程度を表しましたし、プライド的な意味を表したりしていました。
 ちなみに、明治天皇をあごひげで表すことから「明治」と手話表現するとされていますが、私たちの地域で明治時代に盲聾学校を卒業した人の多くは、鼻の下に生えたひげで明治天皇を表すことが多かったです。
 たぶん盲聾学校に掲げられた肖像画を見てか、盲聾学校の手話法で教師から教えられた手話が引き継がれたのでしょう。
 盲聾学校で歴代天皇の名前を手話で教えられたと言うことで、手話表現して教えてもらったことがありますが、ほとんどは伝記に出てくる挿絵や学校に置かれている肖像画の髪型やひげなどの特徴を表したものが多かった。ただ、大正天皇だけは違っていました。
 話が横にそれましたが、思い出すと、すごく多くの表現があったんだ、と今更ながら感心しています。
 教えてくれたろうあ者の人々の顔の表情と笑顔が思い浮かんでくるから不思議な感覚になります。
 昔話ではないと思うけれど、昔話に思われるでしょうが、教えてもらった手話一つ一つの表現に 感動と驚嘆を抱いた私の時代のほうが手話を学ぶ喜びがあったのかも知れません。
 何度もこの場をお借りしてすみませんでした。
 

あれから……

 投稿者:昔の手話通訳者  投稿日:2007年 5月21日(月)00時48分47秒
   質問者さんすみません。
 書き込んでからまたいろいろ思い出しました。
 私たちの地域では、昔と言いたくないけどみなさんから言えば昔。
 「鼻毛をすこし上向きにとりるしぐさ」で「ちょっぴり」とかすこし控えめの自信。
 「いいの出来たね」
  鼻毛をすこし上向きにとりるしぐさ
 で答える。「たいしたことないよ」「ちょっぴりね」などの会話の場合は、自分の持つプライドをひけらかすのではなく抑えめに、すこし、自分しかできひんやろなあ、などの思いを籠めた自信と誇り。自分の中にあるプライドともいえる手話表現がありましたし。
 鼻が高い⇒得意・威張る。抜きんでている 場合などでは、鼻の高さの位置を表現する程度で 得意・威張る。抜きんでている の程度を表していました。
 鼻高高は、両手の握り拳を鼻の上に重ねて表現していましたし、それはろうあ者から見て「威張りすぎ」という気持ちも込められていました。
 でも、最大の手話表現の重要なことは、
 顔の表情でした。

 にっこりする、笑っている、しかめ面をしている、無表情、照れている、横目づかい

の表情と「手の手話」を組み合わすことで、微妙な心のひだを示して、プライドと言ってもいい得意などの表現をしていました。
 そういう意味では、私に手話を教えてくれたろうあ者の人々は、よくあれだけ表情を変えられたものだ、と思い出しています。
 こんなことを書くとみなさんからご批判があるかと思いますが、
 手話表現を学ぶ上で苦労したのは、顔の表情でした。
 顔の表情と手を使った手話では、怒っているようだけれど内心ほめている。怒っているようだけれどあなたのためだと言っている、などさまざまな奥深い手話表現がされていました。
 恥ずかしがりの私でしたが、ろうあ者と出会ったときに笑顔になれる、心のゆとりを持てる努力をしましたが、哀しいことなのに笑って手話で話をする場面が必要なときにそこまで達するのには、涙を多く流した経験がありました。
 みなさんの経験と違うかも知れませんが、ひとつの手話の動きに顔の表情が加味されて多くの意味が込められ、微妙な心のひだ、が表現さられていたことを思い出しました。
 今頃思い出すのは、昔の手話通訳者だから、と思ってお許しのほどを。
 

プライド・誇り

 投稿者:質問者  投稿日:2007年 5月20日(日)01時17分41秒
  お二方からのご意見とても参考になりました。
ありがとうございます。
表面的に「この日本語に対応する手話はこれ」と
決まり切った物ではなく、
やはり手話の成り立ちなども踏まえた上で、
理解しなければ・・と改めて感じました。
また、話の流れの中で微妙に違いが出ることも。
いずれにしても、手話学習では、
当事者の視点・時代背景・環境など
常に忘れないようにしないといけないですね。
ちょっと初心に帰りました。
ありがとうございます。
 

手話表現は……

 投稿者:昔の手話通訳者  投稿日:2007年 5月19日(土)02時46分37秒
   手話の単語は、話の流れで・話の意味で重要な要素を持ちます。
 「プライド・誇り」も、質問者のかたが、どのような意味で、どのような話の中で使うことをもとめられたのか分かりませんから、この手話だ、とはならないことがしばしばではないでしょうか。
 ことば・表現は多岐にわたるもので、だから手話通訳の深さと難しさがあると思います。
 昔手話テキストなどがまったくなかったころ私たちは、地域のろうあ者の人々と意見交換をして、手話や手話表現を学びあいました。その時のことを思い出すと、プライドに該当するのは
得意 鼻が高い⇒得意・威張る。抜きんでているの意味などももある
腕を軽くたたく⇒  技術を持っている いい腕を持っている の意味もある。
時には賢いも……
なども「いばる」「ホコリをりはらう」などの意味とともに「はなしの内容」によって区別されて使うことを教えられてきました。「ホコリをりはらう」は、音声と対応するもので使われるようになったのは、手話テキストに載ったころからではないかと記憶しています。
 肩をひらひらさせる手話表現は、海軍などの将校の肩につけられたものを表現したものですが、戦前彼らは「威張り散らす」イメージがろうあ者にあったので「肩のひらひら」=「威張る」とも教えられましたが。
 それらのことを明治生まれのろうあ者の人々多数から聞いて教えてもらってきましたが、歴史とろうあ者の人々の視点を知って感嘆したものです。
 参考になったかどうか分かりませんが、もっと多くの手話表現を教えてもらったのですが、今思い出すのはそれぐらいです。参考になれば幸せです。
 

手話表現

 投稿者:手話勉強中  投稿日:2007年 5月16日(水)10時25分21秒
  左肩を払う表現は「埃(ホコリ)を払う」しぐさからきており、「お洒落」や「ファッション」として使っています。同音意義として埃⇒誇り=プライドとして使っている表現だと思います。ちなみに「幹部」の手話表現は軍人が肩に付ける房を表しています。表現の対象が違うのですが表現方法が似ているので、文脈で読み取る必要があります。手話の語源情報は必ずしも合っているわけではないので、一情報として参考にしてください。  

手話表現

 投稿者:質問者  投稿日:2007年 5月13日(日)11時54分13秒
  すみません、手話表現について
どなたか教えてください。
「プライド・誇り」の表現は、
<背広の襟元を両手親指で挟んで人差し指をヒラヒラさせる=威張る>
を使ってましたが、
先日、友人が<右掌で左肩を払う仕草>の表現をしました。

私は、この左肩を二回払う表現は「幹部」として教えてもらったのですが、
「プライド・誇り」も幹部と同じ表現ですか?
それとも似ている表現があるのでしょうか?
帰ってから、辞書で調べたのですが載ってなくて。
 

全通研の財団化

 投稿者:通行人  投稿日:2007年 5月12日(土)09時02分27秒
  徳田氏のメールで全通研の財団化を進めることが書かれていましたが・・・
半信半疑ですが期待したいところです。

 最近は行政が財団化を嫌う傾向ですが、全通研の実績と数億円の基金があれば可能かと
思います。ただし財団化になるにはお金のチェックが出てきます。それが嫌いで法人化
にしていないと思っておりましたので、財団化に本気ならばすぐできることでしょう。

今までの資金の運用を公開しなければなりませんので、是非、会員の皆さんで収支の
チェックしてもらいたいと思います。まさか貯めていたお金が実際はないなんてこと
はないと思いたいです。また財団化条件の情報を知らない会員に、財団化に伴い募金
をお願いしますといってごまかされないように、是非皆で確認してください。ベル会館
事件にならないように祈るのみです。
 

意見があってこそ

 投稿者:芋たこなんきん  投稿日:2007年 5月11日(金)01時53分37秒
   意見を出し合い深めあうのほ非常に大事なことで、日本では提案に意見を言うのが暗黙の圧力があるように思えます。でも一人でも自分の意見を言うのは勇気がいることです。一人でも……というのがおかしいのですが。現実は流されて、流れて行くのが楽なように思っているのは悲しいことです。自分の意見をもてないようでは独立した人間といえないでしょう。
 二つの団体から創られた施設であっても、その施設が独立した機能を持つ以上は団体と切り離すべきでしょう。赤字になれば寄付を募る。利益があれば、施設に回す。共倒れになる可能性は充分予測されることです。そのことをきっちりしないで、当座の言葉の言い回しで言い切ることは真剣に取り組んでいる人々を「愚弄」することでもあります。
 回答するものが施設の役員であることもおかしい。団体と施設の責任者を兼務することを禁止すべきでしょう。それは、それぞれの役目に区別をつくるものです。
 徳田さんの危惧、行動は大いに評価されて良いでしょう。
 むしろ声なき声があるのにそれをくみ取ろうとしない運営は問題があるでしょう。上下下達はいつか破綻します。まとめるのは難しくても、みんなの声なき声を含めて充分な意見交換と一致を追求していくことは時間がかかっても大きな力になって行きます。
 全通研は、研究団体でないとする批判ももっともでしょう。手話通訳や手話通訳者の労働について研究を積み重ねて行くべきなのです。事業と言っても研究事業でないことが多すぎる実態が、全通研以外の人々に研究団体でないとされるのです。
 みんなの会費でつくられてきた全通研だからどこにも、行政にも、束縛されることもなく自由に研究・交流が出来るのです。ベテランであろうとなかろうと、役員であろうとなかろうと自由に意見が出せて、行動できる研究団体であれば、大きな力が発揮で来ます。
 多くの会員の努力によって支えられてきた世界にもまれな全通研。役職につく人々はもっと謙虚で、奢り高ぶりを捨てなければなりません。また自分の意に反した意見にも耳を傾けるべきでしょう。
 研究と言う名称つけた団体であるいながらそうでないことをしているならそれは改めるべきでしょう。
 徳田さんの意見がどのようなもので、それに対して責任を持つ役員がどのように応えたか想像がつきます。しかし、そこにあったのはその場の言葉の言い回しであり、徳田さんの危惧を受け止め、運営を戒め、教訓化し、改善すべきことを改善するという気迫が見られなかったのではないでしょうか。
 大きな団体になったからと安住してはならない。
 全通研は初心を忘れてはならない。
 会員の人もかって会員であった人も、協力してきた人も、支援してくれた人も、いたから今日があるのだと言うことを決して忘れてはならないのである。
 汗と涙を流しながら、全通研を支えてきた人々のことを忘れてはならない。
 そう思うのは、私の思い過ごしでしょうか。
 

代議員会で...

 投稿者:徳田  投稿日:2007年 5月 1日(火)01時33分26秒
  こんにちは。こちらこそ、ご無沙汰しております。

代議員会では物販はないですね。
夏集会の資金をなんとかするために、売り込みをしている人はいますけど、そもそも代議員会は100名ちょいしか参加しないので、売れないんですよ。

そういえば、以前、代議員会で、ミカン座布団キーホルダーを買ったような気がする。
 

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